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日サ豆知識 日本への留学 | サウジ.jp
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サウジ留学生

日サ豆知識 日本への留学

2005年頃にサウジアラビアでは大きな変化の波が起こった。アブドラー国王が王様になったばかりで、政府派遣の海外留学制度が始まった。10年の間に15万人以上を地球の西にも東にも送り込む、とても期待がかかるプロジェクトだった。

日本にピークの時に700名近くの留学生がいた

日本への留学の応募が始まったのは2006年、正式に日本に留学生が来たのは2007年からだ。最初の頃は学生を仕切る文化部(大使館付属)もなく、大使館のスタッフやアラムコ、他に留学中あるいは就職している先輩が面倒を見ていた。まだ続いているプログラムだが、10年の間に700名ほど(家族を入れると1000人以上)が日本の大学で学び、卒業して日本の企業で働いている方もいれば、国に帰って発展の過程に貢献の役割を果たしている人もいる。留学生の割合の中でエンジニアが多く、「MADE IN JAPAN」に憧れて来日した人も少なくない。

1960年代からサウジ人が留学に来ていた

実は、日サ間での留学は最近始まったものではない。1960年代頃にアラブ石油(アラビア石油株式会社、ARABIAN OIL COMPANY, LTD.)が日本とサウジアラビアとの友好関係の一環で、毎年サウジアラビアから数名を日本に留学生として送り続けた。2000年頃にサウジアラビアとの契約が終了した途端に、アラムコが留学制度を引き継ぎ、アラムコに所属している学生を限定に日本という留学のオプションが追加された。ただし、アラビア石油と同じく、少人数だけを送り続けてきたことは変わりなかった。これらの並行で行われたのが日本の文部科学省の奨学金制度だ。

架け橋の人財が期待できる

2007年から始まった政府派遣留学制度は一気に100名以上を第1期生として東京と大阪に送り込んだ。毎年人数が減ったり増えたりしていたが、そのおかげで日本へ留学することに対しての抵抗が減り、サウジアラビアの人達にとって日本がもっと身近な存在になった。ちなみに、第1期生はほとんど全員卒業し、大半が国に帰って就職している(現地の日系企業とそれ以外)。一方で、わずかが日本に残り日系企業で働いてる。このプログラムがあったからこそ、日本の文化を理解するサウジアラビア人の優秀な人材が増え、これから両国の間で架け橋となる人財として期待できるだろう。
 
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アーリフ ムタズ
アーリフ ムタズ

株式会社The 10th Floor・代表取締役・日サ関係のアドバイザー・2007年に来日し、大阪で日本語を学んだ後に東京工業大学に入学される。2013年にベンチャー企業で勤務後、独立し2015年同社を立ち上げる。