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サウジ豆知識 アラビア半島歴史(イスラム以前) | サウジ.jp
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Mada'in Saleh マダイン・サーレハ

サウジ豆知識 アラビア半島歴史(イスラム以前)

サウジアラビアのルーツは、アラビア半島の最古の文明に遡る。何世紀にもわたり、この半島は古代の貿易の中心として、また世界の主要な一神教のひとつであるイスラム教の発祥地として、歴史の中で重要な役割を果たしてきた。

初期の歴史
アラビア半島における、人類が存在した最古の物的証拠は、1万5千年〜2万年前に遡って見られる。狩猟民・採集民の集団は、野生動物や植物を食べて暮らし、土地を放浪していた。

約1万5千年前、最後の氷河期にヨーロッパの氷帽が溶けていった頃、半島の気候は乾燥するようになった。かつて緑豊かな草原で覆われた広大な平原は、低木地と砂漠に取って代わられ、野生動物は消滅した。河川の機構も消え、その跡として、今日の半島で見られるワジ(وادي)という涸れ川 (かれがわ) が残った。


生存手段の一つとして、農業が発展した


この気候変動により、人類は肥沃な山の渓谷やオアシスに移動せざるを得なくなった。狩猟民・採集民としてもはや生き残ることができなくなったため、生存するための別の手段を開発しなければならなかった。その結果、農業が発展した。最初はメゾポタミアに、それからナイル川領域、そして最終的には中東全域に広がった。

農業の発展は他にも進歩をもたらした。陶器により農民たちは食糧を貯蔵することができるようになった。山羊、牛、羊、馬、そしてラクダを含む動物は家畜化され、人々は狩猟を完全に廃止した。これらの進歩は集約農村を可能にした。その結果、移住は永続的なものとなり、言語、文章、政治システム、芸術、建築などの、いわゆる文明の基盤につながった。

古代貿易の中心地


2つの偉大な文明の中心、ナイル川領域とメソポタミアの間に位置するアラビア半島は、古代の世界における交差点であった。地域の発展にとって貿易は不可欠であった。キャラバンルートは貿易の動脈となり、散在して住みつく半島での生活を可能にした。

半島の人々は、貿易ルートの複雑なネットワークを開発し、メソポタミア、ナイル流域、地中海盆地で非常に求められていた農産物を輸送した。農産物には、ターイフ産のアーモンド、様々なオアシスのデーツ (ナツメヤシの実)、ティハーマ平野産の乳香やミルラといった芳香植物があった。


昔からアラビア半島にナツメヤシが輸出された


スパイスも重要な貿易品であった。スパイスはインドから出荷されアラビア海を渡り、その後、キャラバンによって運ばれた。巨大な隊商は、現在のオマーンとイエメンにあたる、サウジアラビアのアスィール州を通り、マッカとマディーナを抜けて、最終的に北西の都心に到着するという広大な貿易ルートに沿って旅をした。

アラビア半島の人々は、メソポタミア、ナイル流域、地中海東部の政治的混乱に大して影響されずにいた。バビロンや、エジプト、ペルシャ、ギリシャ、ローマの勢いが当時優勢であったにもかかわらず、彼らの商品とサービスには大きな需要があった。さらに、半島の非常に広大な砂漠が、強力な隣国による侵略から自国を守る自然の障壁を形成した。

出典 サウジアラビア大使館(米国)

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sauji.jp 運営スタッフ
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